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わたしに 嫉妬 しないでくれない?
ひろみ 26歳 人気ライバー
けんと 32歳 リスナー
じゅん 27歳 リスナー
金曜日
→ひろみ
部屋の明かりをつけ、充電器をさした。
DMの通知が気になる、深夜23時。
12時間ぶりに帰宅した家は、まだひんやりと乾燥している。
シャワーを浴びながら、今日あったことを思い返す。
急いで乾かして、半乾きのまま髪を結び、配信をつけるのが私の日課だ。
私は、いつも応援してくれるリスナーのために、明るく振る舞う。
心とは、裏腹に。
気づいたら、初見のリスナーのコメントを棒読みにしながら、DMを開いていた。
→けんと
部屋中に響き渡る子供たちの声。
妻の野菜炒めはいつもと変わらない味。
テレビを横目に今日も片耳通したイヤホンからは、聞きなれた声が聞こえる。
くすっと笑いそうになるのを堪えて、無意識のうちに、逃げるように、リビングから静かなキッチンに移動していた。
多忙な仕事と、繰り返す日常。
この上ない幸せと、この上ないストレスを織り交ぜ、今日もコインを購入していた。表情はひとつも変わらない。
→じゅん
四時。時計を眺める。頭痛で目が覚めたことに気づく。
朝焼けだと思っていた太陽が、電車の音で、夕日だということに思い至る。
曜日の感覚は、とっくに失った。会社を辞めて、何年目になるだろう。
夜中の配信を待つ間、冷蔵庫に残った昨日の残り物を半分食べる。
きらきらと明るく振る舞うひろみの姿に、過去の自分の姿を重ね見る。
彼女の瞳に影が見えるから、わたしに安心感を与えてくれる。
水曜日
→ひろみ
子供のころは、25歳になったら、大人になると思っていた。
私は、もう、大人になって一年が過ぎている。
学生の頃の友達たちは、結婚して友達がいたり、資格を取り直すために、大学院に進学していたりする。
みんなから、「いい出会いないの?」と言われる。
出会いなんてない。朝10時から夜中の10時まで仕事をして、彼氏を作ってる暇がわたしにはない。
そんな時だ、けんとから「ひろみは、どんな人と出会ったらいいのか、わからなくなっているんじゃないの?」と言われたときに、わたしは泣き出してしまった。
だけど、もう、優しい言葉なんていらない。
わたしのものにならないものなら、どうなっても、かまわない。
→けんと
付き合い始めたころは、楽しかった。
子供たちもかわいい。
仕事もうまくいっている。
変わらない、順調な生活。
当たり前のことをしただけのつもりが、彼女は泣いてしまった。
これぐらいのことで、まさか泣くなんて思わなかった。
少しだけ人より恵まれた生活を送っている自分が、少しぐらいは誰かのためにお金をつかっても、悪いことではないだろうと思うようになった。
妻に秘密にしていることが、後ろめたくもあるけれど、理解されないだろうと思う。
「どうして話してくれないの」と「話を聞くのがめんどくさい」、「わたしの為になってないじゃない」と言葉がいっぱい流れてくる。
出会ったころは、全部彼女のためと思ってしていたことが、日常を繰り返すうちに気持ちは擦り切れて、彼女のためという気持ちが働かなくなってしまっている自分がいる。
→じゅん
わたしの日常は、配信アプリをつけて、面白い配信者をさがすことから始まる。ひろみは、すばらしい才能だ。わたしが、ひろみの最初のリスナー。けんとがついた時には、しめたと思った。けんとは、ひろみが配信をはじめれば、必ず投げてくれる。
信頼できる。
けんとは、ひろみに依存している。
ひろみは、わたしに依存している。
わたしがいなければ、ひろみは配信を続けることはできない。
わたしがいなければ、ひろみは、どうしたらいいのか、絶対にわからなくなる。
昔の私がそうだったから、今のひろみの気持ちがよくわかる。